赤ちゃん誕生(出産についての感想)



無事出産が終わり、8月24日(月)15時30分、退院した。
今まで自分の人生でこんなに精神的にも肉体的にも変化が激しかった時期はなかった。 どんどん忘れていってしまうのはちょっと残念なので、まだ記憶が鮮明なうちに自分の出産について 記録しておこうと思う。あと10何年かか20何年かかは分からないが、娘が成長し 結婚し、出産を迎える際に参考にでもなればと思う。
私の出産は、一番予期していなかったおしるしの出血の後の破水から始まった。
破水だと診断された時、「ああ、もうこれで次 病院の玄関を出る時はおなかから赤ちゃんが出てるんだな、、」と覚悟(?)した。破水だと、胎児への感染予防のために24時間以内にとにかく 母体から胎児を出さなければならないのだ。(自然な陣痛にしろ、陣痛促進剤にしろ)

陣痛室で自然な陣痛が起きるのを24時間待ったが、結局起こらなかった。
この晩は一睡もできず、おなかのはり具合を記録するベルトの計測の音と胎児の児心音を聞きながらぼんやりと「もう2度と夫婦二人だけののんびりした自由気ままな生活には戻れないんだ、、、」と考え、不安で不安で今すぐうちに帰りたいと思わず涙が出てきたりした。

朝、ドクターの回診で、陣痛促進剤の使用について同意を求められた。この時、「はい。お願いします。」と答えるまで一瞬10秒くらい沈黙してしまった。はっきり言って不安だった。私はなんとなく薬がよく効く体質だと自分で思ってたので、急激に陣痛が来る予感がしていた。
そう不安をドクターに伝えると、3日かかっても陣痛がこない人もいれば、確かに急に激しい陣痛がくる人もいてまちまちだけど、今うってすぐさま生まれることはないから、と説明された。 確かにこのまま待っていても事態は悪くなると思った私は点滴をお願いすることにした。

1時間後に陣痛促進剤点滴の準備がされ、11時頃、開始。1時間経過しても何も起こらない。 ちょっとほっとしたのも束の間、12時少し前に急に痛みがくる。一発で陣痛と分かった私は 時間の間隔を計り始めた。なんと1分半ー2分毎に30秒の痛み。ほとんど間隔が空いていない!! 一瞬パニックになり、思わずナースコールで看護婦さんを呼ぶ。看護婦さんは笑顔で(陣痛始まりましたね!)と言う。言われて、確かに有効な陣痛がきたのはいいことなんだ、と気付き、もう開き直って陣痛を乗り切るよう努めることに専念することに。(この看護婦さんは陣痛開始時から最後の分娩までずっとつきそってくれ、すごく心強かった。)看護婦さんのリードで「ふーふーふーふー」とゆっくり呼吸するようにする。それからの3時間 ー4時間が地獄だった。絶え間なく襲ってくる痛みに、姿勢を変えることもできず、身動きとれない。ただ、ベッドのへりに強くしがみついて必死でふーふーふーふーと呼吸することに意識を集中させるしかない。
よく生理痛/下痢の100倍痛いというがうなずける。本当にそういう痛みなのだ。不思議なことに 腹部も痛いのだが、何よりそれより肛門へものすごい圧迫感がくる。(なんとなく肛門が10センチくらいすごい勢いで開いているような感覚。。。。)
しかしまだ子宮口が開き切っていないので、いきんではいけないそうだ。途中アクティブチェアを看護婦さんが持ってきてくれて、それに乗ったりして痛みを紛らわせる。

12時過ぎ頃、 看護婦さんから真基さんが3時の面会時間に来ることを知っていた私は、とてもこの状態じゃ相手をしている余裕は全くないし、何よりこんな息絶え絶えで髪振り乱してもがき苦しんでいる姿を見られたくないと思ったので3時前に看護婦さんにぜーぜー言いながら、(申し訳ないけど、主人が来てもここに通さないで下さい。)とお願いしておく。看護婦さんは私の辛い状態を察知してくれて、通さないでくれた。3時半頃、看護婦さんが、今度は由香(妹)がちょっとでも会いたいと言っていると伝えてくれたが、これも申し訳ないが断った。二人が不安な気持でロビーで待っていると思うと悪いと思ったが、本当にそれどころではなかったのだ。もう間隔なく(私の感じでは30秒ごとだったように思うが、、、)ひっきりなしに猛烈な痛みががんがんやってきて、合間にリラックスして体の力を抜くのが難しくなってくる。この陣痛の合間のリラックスが重要で、体の力を抜かないと赤ちゃんが下の方におりてこないと雑誌で読んで知っていたので変な話だが、必死でリラックスしようとする。
看護婦さんが小さなラッパみたいなものを私のおなかにあて、赤ちゃんの心音によって今どのあたりまで降りてきているか調べている。私の感じでは陣痛開始時よりもかなり下腹部のほうに下がっているのを感じた。4時に痛みのピーク。もう呼吸法のふーふーふーが息ではなく、声になってしまう。そういう状態のところへ、向いのベッドに外人の妊婦さんが入ったようだ。私の息絶え絶えの呼吸法を聞いてびっくりしたのではあるまいか。その外人さんはどうも和痛処置をしていたようで、全然余裕そうだったが私より先に分娩室へ入ってしまった。
そこで助産婦さんがやってきて内診で今どこまで赤ちゃんがおりているかを調べてくれた。すると もう本当にすぐそこまでおりてきているとのこと。ドクターの内診で子宮口が全開したと教えてくれた。それを聞いて、へこたれそうになってた気持が一気に明るくなった。もう少しだ。いつ分娩室に行けるんだろうとそればかり考えて痛みをこらえる。

しかし、ここでちょっと陣痛が弱くなる。痛いことは痛いのだが、明らかに先程のすさまじい痛みが軽減している。それに痛みの時間がちょっと短くなっているような気がした。まずい。さっきちょっと陣痛促進剤を弱めてくれていたようだ。
このままではずるずる長引くことは必至。しかも痛みと痛みの合間にふっと気が遠のく感じがする。 体力が切れかかっているのだろうか。睡眠不足と食べてないのが祟ったか。
もうこれ以上痛いのはいやなので、さっき看護婦さんに教えてもらった、ふーふーふーうん(いきみ)の呼吸で少しでも赤ちゃんが降りるようにがんばる。助産婦さんが様子を見にきて、いきみのコツを教えてくれた。それまで少し角度をつけてたベッドの背を水平に戻して、いきむときにおしりをあげて背中を丸めるようにすればいいとのこと。結構このおしりをもちあげていきむというのが難儀。しかし、このいきみで30分ほどがんばったところ、助産婦さんが「かなりおりてきましたので 分娩室の準備をしてきますね。」と言ってくれる。目の前がぱーーっと明るくなった感じがした。 やっと出産のフィニッシュの分娩室に入れる!!あとのいきみは多分気合いでうまくいくだろうと思っていた。陣痛促進剤の点滴と共にガラガラ、よたよたと歩いて分娩室へ。

手前の分娩室1はさっきの外人さん(かな?)が使用しているので、奥の分娩室2にはいる。 (この分娩室はちなみに、7/22の院内見学で実際に見た分娩室でした。) 台にのぼって足に白い袋をかけられて固定される。助産婦さんがいきみのコツを教えてくれた。 まず、2回の深呼吸の後、息を止めてできるだけ長くいきむ。
いきむ際には目をつぶらない。まっすぐ助産婦さんの目をみるようにする。背中を浮かさない。台にぴったりつける。声をださない。
陣痛が来る度に「今 陣痛がきます!」と一声助産婦さんたちに告げて助産婦さんのリードどおり言われたとおりいきむ。強くいきめるのが嬉しい。これまでがいかにいきみを逃して紛らわせるかという呼吸法だったが、これは積極的にいかにもお産!という感じである。
嬉しかったのは陣痛の合間に、昼からずっとついて励ましてくれた看護婦さんが私の腕とかをリラックスするようにさすってくれてたこと。本当にありがたいと思った。
途中、酸素がちゃんと赤ちゃんにいくようにと酸素チューブを鼻につけられる。 多分8回くらいかな。。。記憶がさだかでないが多分分娩室に入って1時間弱で、ついに頭が出てきた。(その直前にドクターから産道が狭いから、すぐ赤ちゃんが出るようにとのことで麻酔をして会陰切開をしてくれた。陣痛の方が痛いので、全く痛みは感じなかった。陣痛が終わるなら何でもして下さいって感じ、、、)最後、肩がちょっとひっかかったが全体が出た瞬間、どばーーっと羊水とかが出てきて一気に楽になった。目の前がぱーーっと明るくなる。後産で胎盤を出したが、嬉しさのあまり何にも痛みを感じない。もう目は出てきたばかりの赤ちゃんにくぎづけ。即座に五体満足か、ちゃんと泣くか心配になるが、どこもなんともなく、産声もあげはじめた。
その後、会陰縫合のために20分くらいかかった。ちくちくしてちょっと痛かったが、こんな痛み、陣痛に比べたら何程でもない。それこそ陣痛に比べたら親知らずを10本抜いても構わない位だ。縫合終了後、2時間はこのまま分娩室で休むことに。
出産直後はとにかく やった!! という達成感と楽になった嬉しさがメインだった。
しかしその夜、ベッドで横たわっているとすごく不思議な気持になった。さっきまでおなかにいて私の一部だったのに、今は一人の、一個の人間として存在している。 嬉しさと不安が入り交じって興奮状態。とても寝られたものではない。もし、何か問題が有って朝までに死んじゃったりしたらどうしよう(縁起でもないが。。。)とか、誰かにつれていかれたらどうしようとか、とにかく突拍子もないことばかりが頭をかけめぐり、いよいよ眠れなくなる。かと思えばあまりの幸福感に涙が出てきたりする。とにかく感情の起伏の激しい一晩だった。でもこんな満足感は生涯初めてだった。

そして8月24日(月)、15時半に主人と母とともに退院した。
最初から最後まで予期せぬことの連続で(破水、陣痛促進剤、黄疸検査にひっかかったこと、退院がそのため1日延びてしまったこと)つくづくお産というのは思ったとおりにはうまくいかないものだなあと実感。でも病院のスタッフの方々のおかげで無事に母子ともども退院できて本当に嬉しかった。これから家で新しい生活が待っている。出産以上に予期せぬことや思いどおりにいかないことに遭遇し、いらいらしたりパニックになったりするのだろう。でも周りの人達の助けを得ながら、のんびり楽しく育児をしていきたいと思う。
出産の経験は私の生涯のなかで一番辛い(肉体的に)、一番幸福(精神的に)な経験だったと思う。

おまけ;不思議なものだが、日がたつにつれて出産の痛さの記憶はどんどん薄れていっている。そうでなければ、多分女性はあんな痛みを又経験するくらいなら二度と妊娠するまいと思って      しまうからだろうか。出産後3、4日もしたら次の子供はまたここで産みたいなあなんてぼんやり考えている自分に気がついた。また同じ助産婦さん、看護婦さん、ドクターにとりあげてもらいたいと心底考えている現在である。しかし具体的にはとりあえず産まれたばかりの子をある程度育て上げ、余裕ができるまではお預けという感じだろう。とりあえず今は新米の母親なので初めての育児に専念しようと思う。